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看護婦だった祖母の印象的な言葉

30代の主婦です。

私の祖母は看護婦をしていて大田区にある診療所で住み込みで働いていました。小学校時代には病弱な母が入院するたびに祖母のところで寝泊りをしていました。4畳半の小さな部屋には孫たちからの絵がびっしりと貼ってあり、寝場所にしていた押入れの下の段の天井には写真が貼られていました。祖母には3人の子供がいましたが3人目を出産した直後に夫と別れ看護婦として働きながら女手1つで育て上げたそうです。満州事変のころには兵士の手当てのため中国で働いたこともあると話していました。

祖母の部屋で過ごす夜は私にとって不安でした。祖母の部屋の隣には末期のがん治療などでいつ亡くなってもおかしくない状態の患者さんがいて、死が身近にありました。満月の夜はお産が多く、新月の夜は亡くなる人が多いと祖母はよく話していました。科学的には根拠のない話ですが祖母の言葉にはなぜか説得力があり、幼いながらも人間は自然の一部なのだと感じました。死についても祖母は恐れることがありませんでした。彼女の考えは死とは肉体から離れることで、自由になるとも思っているようでした。死の悲しみを軽減でき希望のある考え方なので私も好きです。

祖母は80歳になる直前まで看護婦を続け、95歳になった現在は入院生活をしています。寝たきりで体を動かすことも話すこともできません。元気な姿を知っているので今の不自由な姿をみると辛くなります。確実に死が近付いていることも感じていて、もうすぐ肉体から離れて自由になれると思う反面どんな姿でもいいからいて欲しいとも思ってしまい複雑です。